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仕事の達人

第   
5
   回

モノづくりの現場と職人への敬意が
ビジネスの原点に


※転職情報誌type2007年8月号より転載

ビジネスキューブ・アンド・パートナーズ株式会社 代表取締役社長 兼 CEO  ファン・マヌエル・エステベス氏

ビジネスキューブ・アンド・パートナーズ株式会社

代表取締役社長 兼 CEO
ファン・マヌエル・エステベス氏

東京都出身。慶応義塾大学理工学部を卒業後、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)へ入社。シカゴ事務所勤務や金融系プロジェクトを経て、 1994年から車載ハイテク機器メーカーのBPRプロジェクトに参加する。 98年に同社を退職。エヌ・イー・ケー・インターナショナル代表取締役社長に就任。 2000年にビジネスキューブ・アンド・パートナーズを設立


スペインと日本という2つのバックグラウンドを持つファン・マヌエル・エステベス氏が就職先として選んだのは、多様な人間が集まる外資系コンサルティングファームだった。そこで彼は、現在に至るまでのキャリアを決定づけるプロジェクトを経験する。自動車業界の現場で彼が出会ったのは、職人気質の技術者たち。そこで培われた“ものづくり”への思いが、今でもビジネスパーソンとしての原点となっている。

品質が人命を左右する──。そんな類いの製品が世の中には存在する。代表的なものが自動車だ。品質から来る信頼性が、人を守る安全性を確保する重要な基盤となるのだ。

そこで今日の自動車産業界では品質向上のために製品開発時点からのプロセス改善に力を入れる企業が大半を占めている。そんな中、自動車産業を中心とするハイテク電子機器製造業に特化したコンサルティングと事業プロデュースを手掛け、頭角を現してきたのがビジネスキューブ・アンド・パートナーズだ。特に組み込みソフトウエアの製品開発においては豊富な実績を誇る。

「正直なところ、今の現場は疲弊しきっています。製品は複雑化する一方で、商品サイクルも年々短くなっている。それにもかかわらず、社内には業務をこなせるだけのスキルやノウハウを持った人は少なく、外注が大きく増えている。今のやり方を続けるには限界が来ているのです」

そう語る代表取締役社長兼CEOのファン・マヌエル・エステベス氏は、10年以上前から組み込みソフトウエアの製品開発におけるプロセス改善に関わってきた人物。この業界に強いこだわりを持ち続けているのは、単に会社の収益増や業務の効率化といったビジネス上の目的だけを達成するためではない。エステベス氏の根底には、新人コンサルタント時代に現場で苦楽をともにした技術者たちへの敬意が常に存在している。

「世代交代が進み、昔のような職人気質の技術者は減っているのが事実です。今の人たちは良くも悪くもサラリーマン化しているように思えます。何よりも、自分が作った製品への愛着が希薄なんですね。それは彼ら自身が悪いというより、先ほど言ったような現場の体制や環境によるところが大きいと感じています。私は彼らにモノを作る喜びを取り戻してもらいたい。その思いが私のモチベーションになっています」

自分が外国人だと初めて認識した日

エステベス氏は東京都出身。スペイン人の父と日本人の母の間に生まれ、日本で育った。コンピュータとの出会いは早く、初めてパソコンを買ったのは 13歳の時。そして慶應義塾大学理工学部に進学すると、コンピュータサイエンスを専攻する。こうして大学3年も終わりに近づき、就職活動の時期を迎えた時、エステベス氏にひとつの転機が訪れる。

「最初は研究を続けていくことも考え、以前から交流があった研究所に採用について話を聞いてみたのです。すると担当者が『留学生枠は先に決めなくてはいけないから、早めに答えを出してほしい』と言ったんですね。聞いた瞬間は意味が分からなかったのですが、しばらくして『自分は留学生扱いになるのか』と気づいたんです。生まれて初めて、自分が『この国では外国人なのだ』ということを意識させられました」

今まで周囲の友人たちと何ひとつ変わらない生活を送ってきたエステベス氏は、「それまで自分が他の人と違うなんて感じたこともなかった」と話す。しかし日本企業では、自分が一般の学生とは別枠での採用になるらしいと知ったことで、進路の方向性は大きく変わっていった。外資系なら、国籍などの属性に関係なく採用してくれるかもしれない。それがアンダーセンコンサルティングに入社した理由だった。

「コンサルタントの仕事がどういうものかはよく分かっていませんでしたが、世界の至るところに事務所があり、様々な国籍の人が所属することを知って、その多様性に興味を惹かれたことが決め手になりました」

入社後は刺激的な毎日が続いた。シカゴにあるトレーニング施設での研修では、世界の約20カ国から同期が集まり、入社前に思い描いた通りの多様性あふれるメンバーたちとの交流が実現した。研修後はシカゴ事務所に勤務し、翌年には日本に戻って都市銀行や外資系証券会社など金融業のプロジェクトを経験。そして最大の転機となる仕事は、入社3年目に巡ってきた。ある車載ハイテク機器メーカーのBPRプロジェクトに配属され、ソフトウエアの製品開発におけるプロセス改善を任されたのだ。これがその後のキャリアを決定づける大きな体験となる。

「この時に初めて、職人と呼ばれるような、モノを作る人たちに尊敬の念を抱いていることを自覚したのです。なにしろ初めて客先へ行くことになった日は、前日から高揚感でドキドキしてしまって(笑)。今でもその日付をはっきり覚えているくらいです」

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