仕事の達人
第
7
回
既成概念を壊し、時代の先端をひた走る
未来志向のエグゼクティブウーマン
※転職情報誌type2008年9月号より転載

ネットイヤーグループ株式会社
代表取締役社長 兼 CEO
石黒不二代さん
名古屋大学経済学部卒業後、1981年にブラザー工業へ入社し、海外向けプロダクトマーケティングに従事。1988年、スワロフスキー・ジャパンに転職し、新規事業担当マネジャーを務める。その後、スタンフォード大学ビジネススクールに留学し、MBA取得。1994年9月、米国シリコンバレーでコンサルティング会社Alphametric Inc.を起業。1999年1月よりネットイヤーグループに参画し、2000年5月、同社代表取締役社長に就任
女性に門戸を閉ざしていた日本のビジネス界に突如現れ、時代の最先端を突き進んできた石黒不二代さん。子育てと仕事との両立など、働く女性に立ちはだかる問題も、平然と乗り越えてきた。そんな彼女の超ポジティブな精神力と枠にとらわれない発想力の真髄に迫る。
1 次ページ『迷ったときには「人生の棚卸し」をしよう』に進む
米国最難関校として有名なスタンフォード大学ビジネススクール。同校は「日本人女性・既婚・子持ち」というプロフィールを持つ卒業生を世に送り出した。日本のインターネット業界のビジネスリーダーとして活躍する、ネットイヤーグループ代表取締役社長兼CEO・石黒不二代さんだ。
石黒さんのキャリアを語るとき、しばしば冠されるのが「女性初」という枕詞である。女性に門戸を閉ざしていた日本のビジネス界に、石黒さんは先頭を切って風穴を開けてきた。ブラザー工業で海外プロダクトマーケティングを、スワロフスキー・ジャパンで新規事業立ち上げを経験。子連れで渡米し、スタンフォード大学でMBA取得。IT革命たけなわのシリコンバレーで起業も経験した。
負けず嫌いの超ポジティブ。「落ち込むことはほとんどない」という持ち前の前向きさで、バリアを次々に打ち破ってきた。だが石黒さんのキャリアを支えたのは、持ち前の性格だけではない。成長の原動力となったのは、既成概念にとらわれない自由な発想力だった。「どうせやるなら大きな影響力を持つことをしたいという思いが常に根底にあるんです。両親の教育方針もあって、何かを選択するときに自分で縛りをかけるということを知らずに育った。『自分がやりたいこと』を、枠にとらわれず自由に選ぶ。そういう姿勢が自然に身に付いたのだと思います」
求人は「男性のみ」 女性への就職差別で発奮
石黒さんのビジネスパーソンとしての原点は、両親の教育によるところが大きい。愛知県で製函業の会社を営んでいた父は、小学生のころから「お前の人生だからお前が決めなさい」というのが口癖だった。親に頼らず、すべてを自らの責任で判断しなければならない。石黒さんの独立独歩の人格はこうして養われたようだ。
名古屋大学経済学部を卒業。だが、男女雇用機会均等法の成立前ということもあり、大卒女子の就職事情は極めて厳しかった。能力にかかわらず、女性というだけでスタートラインにすら立たせてもらえない――その怒りは、石黒さんの仕事への闘志をかき立てることとなる。
1年間のアルバイトを経て、1981年にブラザー工業へ入社。米国向けのOEM営業や、欧州向けプロダクトマーケティングを担当した。プリンターの欧州発売に先立って現地の流通組織を開拓するべく、単身渡欧したのは25歳のときだ。前例のない「女性初の1カ月海外出張」を実現させたのは、石黒さんの能力を評価した上司の強力なプッシュだった。
転機が訪れたのは6年後のこと。「ブラザーで自分のやりたいことはやれた」という思いもあり、石黒さんは東京での転職を決意。上司のつてで米国投資銀行バンカー・ストラストの面接を受け、退任する米国人バイスプレジデントの後任として採用された。しかし、ポジションはあくまでも「エグゼクティブ・セクレタリー」。仕事の実態とのギャップに不満が募ったという。
「配属部署の社員の履歴書を見る機会があったのですが、何と全員MBA取得者でした。聞いてみると、『ここはMBAしか採らないんだ』とのこと。私はMBAなしでこの会社でやっていけるのかな――と将来に不安を感じ、マネジャー採用を約束してくれたもう1社の方を選んだのです」
30歳のとき、工業用クリスタル・パーツ開発製造で独占的なシェアを持つ、スワロフスキー・ジャパンに入社。ここで石黒さんは、クリスタルを使った高級ジュエリーの新規事業の立ち上げを任された。売上も当初の数百倍に拡大し、順風満帆だった石黒さん。しかし、その前に、再び壁が立ちはだかった。「仕事と育児の両立」という難題だ。
「公認保育所は6時で閉まってしまうので、区役所に相談したところ、『勤務先の港区でも預けられますよ』との答え。正直キレましたね、『満員電車に赤ん坊を乗せろというのか!』と」
日本では仕事と育児の両立はできない。だが、あのMBAがあれば、何かが変わるのではないか。石黒さんは朝5時起きで受験勉強に励み、スタンフォード大学ビジネススクールに合格。1992年秋、2歳の息子を連れて渡米した。
自由で開放的、競争よりも協調を重視し、マイノリティの優秀な学生を積極的に受け入れるスタンフォード大学の開かれた環境の中で、石黒さんは水を得た魚のような気分を味わっていた。
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